メシヤ講座no.130三重(平成23年11月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』科学篇 病気と医学」(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』71ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

楳木代表

それではまず御教えからじっくり吟味させていただきましょう。 “メシヤ講座no.130三重(平成23年11月)” の続きを読む

メシヤ講座no.131三重(平成23年12月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』科学篇 医学の解剖」(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』76ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

医学を誹謗(ひぼう)する考へは毫末(ごうまつ)もない

楳木代表

今日の御論文を拝読していただきました。それで最初の三行目の『と言っても別段医学を誹謗(ひぼう)する考へは毫末(ごうまつ)もない。』というところですね。メシヤ様の御心というのは医学を誹謗(ひぼう)するために、この御論文を書いているのではないのだ、ということがしっかりと腹に入っておかないと、いけないということですね。

で、世界救世(きゅうせい)教で、○○之光教団の現状をみてみますと、病気になった時にまず最初に「医者に診てもらいなさい」と言う話が出てくるのです。医者に行きつつ浄霊している人が多いと思うのです。これはね、何でこういうことになってしまったのかというと、あまりにメシヤ様御在世当時から奇蹟が多かったので、メシヤ様のこの御論文で『別段医学を誹謗(ひぼう)する考へは毫末(ごうまつ)もない。』とおっしゃっているのにも拘(かか)わらず、浄霊をして奇蹟が出ると、当時の先達の方々は大勢の方々を救ったのですけれども、どうしてもメシヤ様の教えを実践していかなければとして、“一生懸命やっている医者達を馬鹿”にしたりとか、“何にもわかっていない”だとか、“我々の方がずっと素晴らしいのだ”とか。こういうふうな気持ちになりがちなわけです。

これをメシヤ様は戒(いま)しめられているわけですけども、しかしどうしてもみんなから「先生」「先生」といわれたり、“先生のおかげで救われた”と御礼の言葉とか御礼をしたりして、本当はメシヤ様の御力を取り次いで奇蹟がでたのですけども、どうしても“先生の力が強い”だとか・・千人とか二千人とか一万人とかいう教会になってくるとそういう話になってしまいます。

そういった時に実はこっちが奇蹟がでるのというのと医者では治らないということでどうしても誹謗(ひぼう)する形になってしまいます。これがズーッと進んでいくと一生懸命研究している人達の努力というのがわからなくなってきます。これが譬(たと)え話でいいうと「亀とうさぎ」の話になります。“うさぎ”とは浄霊で奇蹟がでていることです。科学的にコツコツコツコツどうしてこんな病気が起きるのだろうかと研究している人達は“亀”のようだけども少しずつわかってくる部分もあるわけです。

奇蹟がでている人がみんな人を救いたいということでメシヤ様に繋がってきてそして一生懸命やっているのですけども、実は驕(おご)りがでてしまったり、他の一生懸命やっている人達よりも自分も方が神様に近い偉いということがズーッとくると、科学的なことでいろんな病気のことを解明している人達の方がある日追い越していってしまうのです。

追い越される時に気づかないでいると、浄霊力までだんだん無くなってくるのです。驕(おご)りも広がっていくのです。

さらにメシヤ様が御昇天になられて組織運営が中心になっていきますと今度は医療対浄霊というような対立関係まで生まれてくるのです。

だからこの『誹謗(ひぼう)する考へは毫末(ごうまつ)もない。』『毫末(ごうまつ)もない。』とおっしゃっておられることを、教団にいる人間程しっかりと肚に入れておかないといけないというところがあります。

 

メシヤ様を信仰する信者の方が今や時代遅れになっている

楳木代表

そして、そういうどこまでも誹謗(ひぼう)することではないということを、まず腹に入れておいてそこから下の方へ拝読していきますと、医者の返事の仕方が『「入院すれば治りますか」と訊(き)くと、「それは請合へない」』とか『実に撞著的(どうちょてき)言葉である。』とありますね。

こういうふうに、昭和27年に医者の姿勢についてご指摘されておられます。

これが60年たって医者達がインフォームド・コンセントという概念にやっとたどりついたというわけです。

 

【Wikipedia最終更新 2011年11月29日 (火) 15:37より抜粋

インフォームド・コンセント:インフォームド・コンセント(英語:informed consent)は、「正しい情報を得た(伝えられた)上での合意」を意味する概念。以下、本項では「IC」と略称する。
特に、医療行為(投薬・手術・検査など)や治験などの対象者(患者や被験者)が、治療や臨床試験・治験の内容についてよく説明を受け十分理解した上で(informed) 、対象者が自らの自由意思に基づいて医療従事者と方針において合意する (consent) ことである(単なる「同意」だけでなく、説明を受けた上で治療を拒否することもICに含まれる)。説明の内容としては、対象となる行為の名称・内容・期待されている結果のみではなく、代替治療、副作用や成功率、費用、予後までも含んだ正確な情報が与えられることが望まれている。また、患者・被験者側も納得するまで質問し、説明を求めなければならない。】

 

楳木代表

ですから世界救世(きゅうせい)教ほど信者さん方にインフォームド・コンセントの概念を徹底的に教育しておかないといけないのです。

しかし、あまり布教所ではそんな話はでないでしょう。

まずは「医者にいって診てもらいなさい」というところまでは良いとして、「診てもらったらどうだったの」と聞いて「こういう薬を処方されたならばその薬はどのような効能とどのような問題点があるのかということは聞きましたか」と聞いて下さい。

そして今、浄霊という力を持っている人以外の常識としては、たとえば「癌になりましたと。あなた手術しましょう。」と言われたら必ず後二つの病院に診てもらう。これが社会の問題意識を持っている人達の常識なわけです。そして3つの病院に診てもらって3つとも「手術をしなさい」と言われた時には手術を受けるというのが今や常識になっているのです。

ですから1つの病院だけ聞いて手術するというのはあまりにも子供的な対応の仕方なのです。だから、社会の常識は3つの病院に診てもらう。それでもなおかつ「手術した方が良い」という時に手術を受けるというのが世間の常識になっています。

しかし、それでは世界救世(きゅうせい)教の信者さん方はどうかというと、すぐに手術する人が増えていっています。そうしますと世間の人達よりも世界救世(きゅうせい)教の人達の方がメシヤ様の御心から遠ざかっていっているのです。

『先(ま)づ何よりも医師が患者から、病気の説明を求められた場合、断定的な答へはしない。甚だ曖昧(あいまい)模糊(もこ)御座(おざ)なり的である。例えば、患者に対する言葉であるが、何の病気に就(つい)ても言ひ切る事が出来ない。貴方(あなた)の病気は治ると思ふ。治る訳である。医学上そういふ事になってゐる。此(この)療法が効果ありとされてゐる。此(この)療法以外方法はない。養生次第で治らない事はない。貴方(あなた)の病は万人に一人しかないなどといふかと思へば、貴方(あなた)は入院しなければいけない、と言はれるので患者は「入院すれば治りますか」と訊(き)くと、「それは請合へない」といふやうに、実に撞著的(どうちょてき)言葉である。』

と曖昧な返事しかしないということを御指摘しておられるのですから。

その御指摘に対してやっと今世間の常識がインフォームド・コンセントとしてまとまってきたということです。

そこでメシヤ様を信仰する信者の方が今や時代遅れになっているということです。

メシヤ様がこのように御指摘されておられるに拘(かか)わらずその信者が一番時代遅れの対応の仕方をしているということです。

このことをぜひ気づいていただかないといけません。そのために『文明の創造』を世に出してしていこうとしている最大の理由があるのだというふうに受け止めておいていただきたいと思います。

○○さん今言ったことは納得していただけましたか。

 

受講者

世界救世(きゅうせい)教の人が手術をしているというのは・・・

 

楳木代表

専従者だってしてしまっているからね。苦しいからね。インフォームド・コンセント受けて3つの病院に確認しているでしょうか。

 

 

受講者

複数行っていると思いますが。

 

楳木代表

そういう指導をしているのかね。

 

受講者

それは良くわかりません。

 

楳木代表

今の話は浄霊を抜きにしての話ですからね。

本当はそのような状態になった時には浄霊を中心にして、どこを浄霊すれば御守護いただけるかという話をしていかないといけないですね。

 

メシヤ様の御心に沿うには薬理学の研鑚が必要

楳木代表

メシヤ様御降臨祭で紹介しようと思っているのですけども今わかりやすい本が出ていますのでね。

“薬が効く過程”ということを図解して解説しています。

例えば口から入った場合には小腸から吸収されて門脈に入って門脈から肝臓に入っていってそこから全身にわたるという薬のルートということをわかりやすく説明している書籍があります。12月23日には本の名前とか詳しくご紹介しようと思います。

信者さん方に読んでいただきたい薬理学の本とそれから皆さんをお世話する側の人に読んでいただきたい、たとえば看護師さんの試験とかに出てくるような内容の本とかね。皆に理解していただきたいと書かれた本が最近良くでているのでその中から皆に見ておいていただきたいという本がありますのでね。

そこまで世間の人達は薬なら薬の効き方と解毒していった時に解毒から排泄する過程まで薬理学では学ぶので、排泄する時にどのように排泄するかということを解説を加えています。ということはメシヤ様の御教えを読んで薬毒論を知っている人よりも、そのメカニズムをこのような本を読んだ人の方がよりわかりつつあるという時代を今迎えているのです。

そうすると、布教所の先生や責任者達がこのことを勉強していなければ略(ほぼ)信者さん方に曖昧(あいまい)な伝え方しかできない時代を迎えてしまっているということですね。

“メシヤ様の御心に基づいて日々研鑚を重ねている専従者でなければ、信仰していてもどうしてもメシヤ様の御心からずれていった方向へ行ってしまうのだ”ということがある、ということを知っておいていただきたいと思います。

 

【Wikipedia最終更新 2011年11月17日 (木) 09:53より抜粋

門脈:門脈 (もんみゃく、英: portal vein、羅: vena portae)とは、解剖学の概念で、二つの毛細血管網にはさまれた血管を指す。一般には、消化管を流れた血液が集まって肝臓へと注ぎ込む部分の血管、肝門脈を指すことが多い。
ヒトの血管系では通常、心臓→動脈→毛細血管網→静脈→心臓と血液が流れるが、特殊な場合として心臓→動脈→毛細血管網その1→門脈→毛細血管網その2(洞様毛細血管)→静脈→心臓という構成がある。特に、上腸間膜静脈と脾静脈が合流し、肝臓へ向かう部分の血管を指すことが多い。この血管は肝門脈とも呼ばれ、消化管、膵臓および脾臓からの血液を受け、消化管で吸収された栄養分を肝臓に運ぶ極めて重要な血管である。(肝臓は動脈からも血液の供給を受けている。そのため、血流の二重支配を受けているという。)
門脈からは肝臓を通らず直接静脈系に注ぐ経路もある。通常この経路を流れる血液はごく少量であるが、肝硬変等によって門脈の血圧が上昇するとその側副路に流れる血液が増加し、門脈圧亢進症や食道静脈瘤などが出現する。】

 

浄霊に科学性を持って取り組む

楳木代表

それで2ページ目の2行目に

『余りにも科学性が乏しいと言へよう。』

と御指摘になっておられます。

これはメシヤ様が“科学的にきちんと説明できないといけない”というお気持ちを持っておられるということです。それが浄霊と浄化論、薬毒論は『神科学だ』とおっしゃっておられる所以です。

『神様が示された科学である。それに基づいて病気を治していく。』というメシヤ様の御心を汲(く)んで、科学性ということを受けて、我々はいろんな情報を手にして進んでいかないといけないと思います。

さっきの本は癌のメカニズムまで図式で書いてくれていますから。癌のメカニズムというのは科学物質が加わった場合と、それからみなさん方に校正していただいた『文明の創造(三)』に真症癌の理由ということが書いてあったでしょう。

 

受講者

霊的な・・

 

楳木代表

そう。蛇が呑(の)み込んだり、殺されたその恨みが原因だと。

そうするといくら治療しても治らない痛みとか癌性のものとかあるでしょう。

それはもうそういうところまで診て、そして前々生のところまで解決する気持ちで取り組んでいかないと真症癌は治らないということです。

ですから二面性を持って“化学物質によって癌化した細胞を治す”場合とそれから“前々生から来ている病気を治す”という取組というのは基本的に浄霊というのは一緒なのですけども前生の認識、前々世の認識からきちんと人間のいわゆる霊性が高まっていく。本来の人間になっていくという取組をしていかないといけません。

そういう点でこの科学性というところは良くマークを入れておいていただきたいと思います。

 

『御教え「文明の創造」宗教篇 癌病(文創 昭和二十七年)

之から真症胃癌の原因である憑(ひょう)霊(れい)の事をかくのであるが、此(この)霊は殆(ほと)んど蛇の霊である。蛇が其(その)人の前生の時か又は祖霊に殺された為に、其(その)怨霊(おんりょう)が恨みを返へさんが為憑(かか)って苦しめるのであって、此(この)症状は主に腹部全体に亘(わた)り、形は小さいが蛇の如く、或時は丸く、或時はクネり長くなり、恰度(ちょうど)泳ぐやうに移動するのである。』

 

『捉われる』『他を顧みない』は自分に対する問いかけとして受け止める

楳木代表

それから次の箇所ですが、

『現代医学の何処(どこ)かに、一大欠陥がなくてはならない筈(はず)であるに拘(かか)はらず、それに気が付かないといふのは不思議である。といふのは全く唯物科学に捉はれ、他を顧みないからであらう。』

と書かれていますね。この部分は医者に対する批判であるのですけども、同時に自分に対して問いかけてみるお言葉であるというふうに考えておいてください。要するに『捉われる』ということと『他を顧みない』、これは問題解決の上において問いかけるに不可欠な取組であるという事です。

要するに問題が起きるということは何かに捉(とら)われているから問題が起きるわけです。

ですから常に捉(とら)われてはいないのかということを考えていかないといけません。

自分が小さいころから成長する過程において親から言われたこと。学校で言われたこと。それから友達から言われたこと。そういったことが自分の中に捉(とら)われとして残っている部分があります。この捉(とら)われとして残っている部分があると、一つの問題を形成していく可能性があるので“何とか問題を解決したいなあ”と思った時に“自分は捉(とら)われた考えを持っている部分はないだろうか”ということを自分に問いかけないといけない言葉であるということです。

これが一つとそれからもう一つの『他を顧みない』ということは、人から指摘や助言を受けた時に“素直に耳を貸す”という取組をしていかないと問題解決ができない部分があるので、この『捉われる』ということと『他を顧みない』ということは、ここではご批判に使っておられるのですけども、自分に対する問いかけとして受け止めておいていただきたいのです。

 

家族同士で浄霊できるというところを日々目指そう

楳木代表

それから次ですね、3ページ目にいきますと

『医師の家族が病気の場合、その父であり、夫である医師が、直接診療すべきが常識であるに拘(かか)はらず、友人とか又は他の医師に診せるのはどうした事か。』とあります。

家族の事ですから、自分が一番心配だから自分が治してやらないといけないはずなのに、今は医者の世界としてはどうしても予断がはいるので他の医師に診てもらうという姿勢をとっています。

しかし、そこへいくと浄霊というのはね、家族で治していけるということがあります。一晩でも二晩でもズーッと浄霊してあげられる。この素晴らしさがあるということが一点と、もう一つは同時にですね、浄化をいただいた時にはやはり家族が浄霊をしてくれるというのが良いので、そういう点では家族同士で浄霊できるというところを日々目指していただきたいと思います。

それからその下の方に医者の悩みとかが出てきて、

『医師によっては、自分自身医療を余り信用せず精神的に治そうとする人もよくあり』とあります。

江戸時代までの医者のやっているということは時代劇の中で出てくるよりも古い医者達、蘭学が入ってくるまでの日本の医療はなにをやったのでしょう。○○さんどうですか。

 

受講者

わかりません

 

楳木代表

ほとんど知らないでしょうね。ほぼ話を聞いていただけなのです。話を聞いてそれから慰めていたのです。それから薬草が少しわかっていましたので、“お腹の痛い時にはこういう草を採ってきて煎じて飲みなさい”とかね。自分で作ったりしていました。

皆さん、若い頃は怪我した時にはどうしてましたか。

 

支部長代理

アロエやこごうふの油を使ってました。

 

楳木代表

こごうふの油って何ですか。

 

支部長代理

志摩地方の漁師が昔からやっているのですが、箱ふぐの肝だけを煮詰めて濾(こ)して出来た油を塗薬

 

受講者

へえー。そんなのあるんだ。

 

楳木代表

我々の方ではね、蓬(よもぎ)ですね。蓬(よもぎ)の葉を2~3枚採って揉(も)むと汁が出てくるから、それを使います。ですから薬草みたいに取り扱っていましたね。これが江戸時代までそのようにしていたのです。

まあ、昔からの言い伝えなわけで、ズーッと人間の知恵でね、こんな時はこの草が良いということを教わって食べてじーっとしていればだんだん良くなってくるということを経験によって得て来たのです。

 

受講者

犬も体調が悪い時に草を食べて胃の中のものを吐いています。

 

楳木代表

それがね自然の治癒方法だからですね。

その人がなぜお腹が痛くなっているかということを良く聞いて食べたものとかね。それから「この機会に言うけどももっと嫁さんを大事にしろよ」とか。それからお嫁さんには「亭主にあんな言葉を使っちゃだめだよ」とか言って修正してあげるんですね。医者が。

これは先月も此処(ここ)で自然宗教と創唱宗教の成り立ちをお話しましたが、その自然宗教の一番根っこには“人々を守る”ということからできてきているので。だから守るためには夫婦生活をきちんとする。家庭のあり方を医者が言ってあげていたのです。

もうひとつはお坊さんもそういう話をしていました。ですから家庭が円満にいくようにお坊さんと同じような役割を医者が担っていたのです。こういうようなことから少し日本人の歴史というものを垣間見ていただければと思います。

 

メシヤ様は真理のわかった人は偉い人だと評価された

楳木代表

それから最後にですね、

『私は世の中には偉い医師もあるものだと感心した事があった。』

と書かれています。

ですからメシヤ様も医者であれ何であれ真理のわかった人は偉い人だと評価をされておられたということです。

このことがわかっていませんとやはり医者の言うこととか薬理学をやっておられる方のお話から良いものを見つけ出すということが出来なくなってしまいます。

それで12月号の文芸春秋に椎貝達夫(しいがいたつお)医師が「患者よ あなたに透析は必要か」という論文で“保存療法”のことを紹介しております。保存療法に取り組んでいけばおよそ今の透析を受けている患者の3分の1(13000人/37000人 新たに透析を導入する人)に減らせるということを訴えているのです。

それはなぜかというと透析をすると年間どのくらい病院にお金が入るでしょうか。年間約520万円/人だそうです。

それで透析患者が日本に約297000人います。透析患者の自己負担額はだいたい10000円・月、12か月12万円です。

すると残りのおよそ5百万円は国、保険料なのです。保険料といっても税金ですからね。年間1兆円を超えるのです。

しかし、受けないと生活できない人達がいるので医学上は透析は人の命を救っているということにはなる。ですから、その点は私も否定は致しません。

しかし、本当に透析を受けなければいけない人は腎臓が何%働かなくなった人だと思いますか。

 

受講者

聞いたことがあるような。忘れました。

 

楳木代表

命に関わってくるのは腎臓の濾過機能が5~7%にまで低下した時だそうです。

ところが今透析を受け始める患者さんは何%くらい動かなくなった時だと思いますか。

 

受講者

半分くらいですか。

 

受講者2

1/3くらいかなあ。

 

楳木代表

大体ね腎臓機能が60%働いている人でも透析を勧められているのです。40%だめになった人が透析を勧められるのです。医療的には5~7%から60%までこれだけの幅があるのです。ほとんどの医者は60%まで落ち込んだら透析を勧めるそうです。そして、一度透析を行うとやめられなくなるのです。さらに腎臓の機能が落ちていきますからね。

病院は絶対につぶれませね。しかし、一番大変なのは患者さんなのです。まだ腎臓が働いているのに透析をかけられる。6割が動いているのに透析をかけられるとこの6割がほとんど機能しなくなってしまうのです。ガガガガガーと弱まっていってしまいます。

しかし保存療法をすると残りの5~7%までは我慢していけるのです。この差というのは何年間も透析を受けるのを先送りできるということです。

今こういう現場ですよ。ということを医師が訴えてくれているわけです。

新年号で保存療法の具体的なやり方を紹介してくれるので合わせて読まれたら良いかと思います。

そうするとね、浄霊をしながらどのような生活をしたらよいか。どんな食生活をしていったらよいか、というヒントを得ることができると思います。腎臓の浄化の対応策(浄霊と生活指導)ができるのではないかと思います。

このような捉(とら)え方をしていくことがメシヤ様が『私は世の中には偉い医師もあるものだと感心した事があった。』とおっしゃられた御心に近づいていけるということではないでしょうか。

今回の御論文からはそういうことを最初にお願させていただいていつものように

質疑応答に移りたいと思います。

保存療法の話をしましたが浄霊をやっていくと保存どころか回復していくから有り難いのです。透析療法が普及しはじめたのは、ちょうど私が腎臓を悪くして医者が「家で死なせなさい」と言われた数年後です。

ですから、私がもっと遅く生まれていたら透析されて浄霊には繋がらなかったかもしれません。

透析療法が普及する数年前に私が生まれてきていましたので腎臓病を患って腎臓が一切働かなくなって尿毒症が起きてしまいました。

それで「家で死なせろ」といわれて家に連れて帰られたころ、母親の叔母から「浄霊をいただいてみないか」と言われて浄霊をいただいたらおしっこが出るようになったのです。

ですから浄霊をいただくと腎臓が保存どころではなくて回復してくるのです。

それで私はそれから52年間生き続けています。

 

受講者

『政府が発表した結核に関する費額は、官民合せてザット一ケ年一千億に上るといふのであるから、実に驚くべき数字ではないか。』と書かれています。厚生労働省の資料を調べてみました。634億円となっていました。民間が入っていない数字だと思います。

 

楳木代表

官民合わせたら一千億円だったのでしょうね。

 

受講者

昭和30年発表の数字です。

 

楳木代表

じゃあ、その3年前だね。

今月のメシヤ講座は初心者向けだったでしょう。知ってるわと思って読まれたでしょう。

 

受講者

笑い

 

楳木代表

浄霊していると悪阻(つわり)も楽なのです。

 

受講者

私も悪阻(つわり)は二人ともほとんどありませんでした。

 

楳木代表

だから子供は元気でしょう。元気で親の言うことを聞かないでしょう。

 

受講者

はい。聞きません。

 

楳木代表

それだけ魂が太いんだね。

(この後、朝鮮半島のお話、皇室のお話。慎重に取り扱わなければいけない内容ですので割愛させていただきます。)

ですからどのような世の中になってもね良いように今から準備をして、自分自身を教育して・・

そして、お子さんにはね、勉強のできる子に育てて薬理学を勉強させて薬毒論を科学的に解明するという研究をして、最後にメシヤ様の御用を担っていただけたらすばらしいことだと思います。

先日子供が英語の発音を教わったのですけども、横で聞いていて私の方が良くわかりましたね。

LとRの発音は直接現地の発音を教えていただかないとわかりませんね。口伝えで教わらないと聞いているだけでは発音できないのです。小さいころにそういう口の動かし方をマスターすれば恐いもの知らずですね。

それから、日本人も忘れてしまっている発音で「ス」に点々と「ツ」に点々の違いですね。

ズとヅ、ヅは舌を巻くのです。この発音のできる日本人がほぼいなくなっています。

しかし、高知の人はできるのです。高知県にはこの発音がいまだに残っているのです。

 

【Wikipedia最終更新 2011年3月24日 (木) 15:24より抜粋

づ、ヅは、仮名のひとつであり、つ、ツに濁点をつけた文字となる。日本語の音節のひとつとして用いられ、1モーラを形成する。「zu」の発音は多くの場合「ず」で表記される。
日本語における発音:1子音と1母音「う」から成る音。語中においては舌を上歯茎に付けて、離すときに、狭い隙間を作って摩擦した音を出す有声歯茎破擦音。また語頭や促音・撥音の後では舌の先を上歯茎に付けずに近づけて、隙間から声を摩擦させて通すときに出る有声歯茎摩擦音、すなわち「す」の子音の有声音である。それら二つの「づ」の発音は、一般に日本語の話者にはほとんど聞き分けられず、意味上の差異はない。「づ」は「ず」と同じ発音であり、現代標準語では「づ」と「ず」を音の上で区別しない(四つ仮名)。現代仮名遣いでは、例外を除いて「づ」で書かれてきたものをすべて「ず」で書く。

づ に関わる諸事項
上代の「づ」は舌先の破裂音を子音とする [du] であったと考えられるが、室町時代末には摩擦音を伴なう [dzu] に転じていた。さらに江戸時代に入ると「づ」([dzu])と「ず」([zu])の間で発音上の区別が失われ、仮名遣いの混乱を生じるようになった。地名では「会津」は「あいづ」、「焼津」は「やいづ」というように「津」の文字を「づ」と表記する事が多い。
一般名称では「字面」は「じづら」、「続き」は「つづき」として使用する例がある。
「鬘」(かつら)のことを「づら」と表記することがある。】

 

楳木代表

英語のことで言えば日本の先生方の教え方はどうかと思いますね。特に形容動詞とかはね。現地の人の話を聞くと良くわかります。

昔習った教え方と全然違います。日本語にはない世界ですからね。ですから、『文明の創造』を英文にするのはかなり難しいと思います。それは現地で生活した人と、文化を良くわかった人が一緒に英訳をしていかないと本当にメシヤ様の御教えを英訳したということにはならないですね。

それを担っていただける人材が必要なのです。メシヤ様の弟子としてはね。

英訳を担う人と薬理学を担う人ですね。そういう人達をズーッと育てていってね。

そういうことを目指して育てていって、その中の才智才能のある人がやっていただけると良いのではと思います。

 

楳木代表

今月12月23日はメシヤ様の御降臨祭ですので、メシヤ様という御存在がこの地上に降りてきてくださったお蔭でですね、しかも人としての御苦労をほとんど味わわれて、その中で我々に人を救う力と人を救う方法を教えてくださったわけですので、そういうことに関する感謝を申上げて、自分達も今までいろんな苦労をしているのも、すべてメシヤ様の御弟子として御神業に臨むためにいろんな苦労をしてきたのだと。

という点で自分自身も振り返りながらメシヤ様から一層力をいただける、というところを目指して御降臨祭を執り行いたいと思います。

そのことを最後にお願いしてメシヤ講座を終わりたいと思います。

 

一同

ありがとうございました。

 

<来月の御教え>

「『文明の創造』科学篇 病気とは何ぞや」(文創  昭和二十七年)

メシヤ講座no.129三重(平成23年10月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』科学篇 病気とは何ぞや」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』64ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

『病気とは何ぞや』御執筆の二つの目的

楳木代表

それでは先月のですね、最後の数行を思いだして頂きたいと思います。 “メシヤ講座no.129三重(平成23年10月)” の続きを読む

メシヤ講座no.127三重(平成23年8月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』総篇 救い主と贖罪主」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』55ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

思春期に感動した御教え-なぜ神様は悪をわざわざおつくりになられたのか

楳木代表

私が御教え拝読を本格的に始めたのは中学二年生の時だったのですけども、その中学二年生の時に拝読した中で、今日拝読して頂いた一番冒頭の部分ですね、 “メシヤ講座no.127三重(平成23年8月)” の続きを読む

メシヤ講座no.126三重(平成23年7月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』総篇 健康と寿命」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』50ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

本来人間は120歳以上生きる

楳木代表

今回は、書き出しからですね、メシヤ様は『医学を全面的に批判解剖』してみた時に、「健康になって寿命が延びるというのでなければ本当の医学ではない」という点を指摘されておられます。 “メシヤ講座no.126三重(平成23年7月)” の続きを読む

メシヤ講座no.125三重(平成23年6月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』総篇 悪の発生と病」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』44ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

文明の創造(二・下)校了

楳木代表

皆さん方に校正の御用を担って頂きました『文明の創造(二・下)』が校了いたしました。 “メシヤ講座no.125三重(平成23年6月)” の続きを読む

メシヤ講座no.124三重(平成23年5月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』総篇 悪と守護霊」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』35ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

人間本来の魂は発光体である

楳木代表

今回の御教えでは、メシヤ様は明確に書いて下さっておられますので、人間という存在はこういう形で成り立っているのか、形成されているのか、ということを良くわかって置いて頂きたいと思います。 “メシヤ講座no.124三重(平成23年5月)” の続きを読む

メシヤ講座no.122三重(平成23年3月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』総篇 既成文化の謬点」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』19ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

私達の信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っていること

受講者

今回もまた空前絶後が出てまいりましたね。今回は福音ですね。 “メシヤ講座no.122三重(平成23年3月)” の続きを読む

メシヤ講座no.123三重(平成23年4月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』総篇 天国建設の順序と悪の追放」(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』25ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

震災で皆が活力を無くしている。

楳木代表

先月の三重支部での月次祭のときに大震災が起こったわけです。 “メシヤ講座no.123三重(平成23年4月)” の続きを読む

メシヤ講座no.121三重(平成23年2月)

<今月の御教え>

『文明の創造』総篇 序文(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』16ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

 

空前絶後の大事変

受講者

『空前絶後の大事変』とは何を言うのでしょうか。 “メシヤ講座no.121三重(平成23年2月)” の続きを読む