メシヤ講座no. 180三重(平成28年1月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』天国の福音書 序文」(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』380ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

『救世(メシヤ)教とは何ぞや』はメシヤ教が『天国の福音書』続篇を次々と発刊して行く時の序文

楳木代表

本日は『救世(メシヤ)教とは何ぞや』を読ませて頂きましたが、これは『天国の福音書』の序文でありますので、これからメシヤ教が『天国の福音書』続篇を次々と発刊して行く時の序文は全てこれだということです。しかし、続篇にはこの序文は載せていきませんので、精神がここにあると受け止めて頂きたいと思います。

現在この三重支部で校正をして頂いている、その続篇(三)も、この序文に沿って作成されているという風に受け止めて頂きたい思いますので、絶えず私たちの続篇の序文として受け止めながら作業を進めて頂きたいという風に思います。

また、改めて『救世(メシヤ)教とは何ぞや』を拝読させて頂きますと、この中身というのは、『文明の創造』の全文・・・、全ての文章を読んで初めて、改めて理解ができる内容でありますので、『文明の創造』の全てを学んだからこそ、この『救世(メシヤ)教とは何ぞや』という御論文がより深く解っていくという風に強く思わせて頂いております。

 

メシヤ様は、現在文明の一大欠陥を明らかにし、それを是正すべく、メシヤ教を通して御神業を進められようとなされた。

楳木代表

そして、メシヤ様はこの序文の中で人類の歴史について触れられておられます。とりわけ380頁の最後の行に

『そこで先ず大体の輪郭をかいてみるが、抑々この世界は人類が原始時代から現在に到るまでの長い間、幾多の卓越せる有能者が現われ、力の限り遠大なる理想の下に苦心努力した事によって、今日見るが如き絢爛たる文明世界が出来上ったのであるから、人間はその恩恵に対し、大いに感謝感激が湧くべきに拘らず、事実はそうでないとしたら、実に不思議といってもよかろう。併しよく考えてみると、何よりも肝腎な幸福がそれに伴わないからである。その原因は言うまでもなく現在文明のどこかに一大欠陥があるからであって、私はその欠陥を神から知らされたのである。』

この事が、メシヤ様が立ち上がられた最大の理由であります。そして、メシヤ様がこの一大欠陥を明らかにされ、それを是正すべく、メシヤ教を通して御神業を進められようとしたという事です。しかし、メシヤ様御昇天後、このメシヤ教という呼び名を変えて、世界(せかい)救世(きゅうせい)教(きょう)としてしまったところから、この事がまた閉ざされていったということです。ですから、私たちがこうして進めさせて頂いているメシヤ教の取り組みというのは、この一大欠陥を是正していくという取り組みであるという風に受け止めて頂ければ大変有難いと思います。今後とも、是正していく為に三重支部を通して『天国の福音書』続篇を次々と刊行していくと(笑い)いう風に決意を固めて頂だければ大変有難いと思います。

 

立春祭より、新たな体制で御神業を進める。

楳木代表

そういう決意の下にですね、今年の2月4日から新たな体制で御神業を進めさせて頂きますが、まずは皆さん方に報告をして感謝を申し上げたいと思います。

丁度年末の31日に新しい御神床が完成しまして、漆喰が乾いた2日から檜を磨き上げていって、そして、御簾をまずお移しして、神様をそこにお迎えするための準備・・・、まず、大黒様にお移り頂き、諸々の支度を整えて、3日に新しい御神床に御神体を御遷座申し上げて、御尊影も御遷座申し仕上げました。

御神体の釘も特別な釘を取り寄せて打ち込みまして、それまでに御奉斎していた形の寸法をきちんととって、メシヤ様の御尊影の釘を打ち込んで、それから漆喰を塗り出したので、その後ろは全て檜にその釘を打ち込むという形をとってずっと万全な体制で仕上げていきましたので、私も“非常に良い御神床ができた”と思いました。

これくらいの框を一段敷いて二間床を造って、それから同じ框を置いてその上にまた、框を置いて、三段にして、三段目にまた二間床を造りましたので、かなり大きい奥行きのある御神床になりました。

そして、奥の御神床の前に御簾を掛けて、そして手前の御神床の処には御帳を下げるという形式をとって、まだ御帳だけは仕上がって来ていませんので、私が帰ってからそれを垂らすと、そういう形をとりますので、非常に厳かな御神床に仕上がる予定です。

そして、御神床の中は総檜ですが、手前は・・・、元々の御神前側の天井は屋久杉のこれ位の板を貼っておりますので、新たな御神前側の天井はその屋久杉の枝の部分の、これ位の屋久杉の板は手に入らないので、この枝の処から、これ位の屋久杉の目の良いところをずっと並べて、窓の近い方に色の濃いものを貼って、遠いところに色の薄いものを貼っております。目色の薄いのを貼ることにより日が当たる中で、こちら側が焼けてくると丁度よくなってきます。何年後かに天井が同じ色になるということを計算して棟梁が貼ってくれておりますので、窓側は濃くて、奥が薄いということになっています。非常に見事な天井になりましたので、2月3日、4日はどうぞお楽しみにご参拝頂ければ有難いと思います。

そして、建て増し部分は本棟ではないので、もう上棟祭は形式だけでよいと思っていたのですが、棟梁が朝7時過ぎに来て、やはりお祈りをして欲しいという事だったので、準備を整えて、新年祭に九重町の一番いい酒がお供えされたので、それを持って行って、外から御神前に向かって、職人8人後ろに並んでもらって、天津祝詞を奏上させていただきました。そして、八方に御神酒を撒いて、そこの新しい所の棟木が上がった時に、棟木を、その残った酒でお浄めしてもらうように頼んで、それで私は出張に11時過ぎに出ましたので、ほぼ柱が立ち上がって、上に木が登り始めたのを見届けてそれで出て行きました。今度の新しい所は、車寄せを造って、その奥に玄関を二間の間口をとってですね、土間からは一方はトイレに、土間からそのまま入れるトイレと、段を一段上がって靴を収める靴箱のスペースを造ってですね、それから、8畳の部屋に上がって、8畳の部屋に入って右側に、信者さんに使って頂ける台所を造って、左側にはトイレを二つ挟んだ洗面所を造っております。これからは非常に使い勝手の良いのではないかなって思います。

そうしましたら大工が・・・、新しい棟は、予算の関係上、杉で、大分県は杉の名産地なので「それを使って全てやってくれ」と頼んでいたのですが、棟梁が「信者さんが入る部屋だけは、檜の柱にさせて頂きました。」と、朝に私に報告するのです。「そこまでやってくれるのですか」と、「同じ予算でやってくれるのですか?」と。「ハイ、させて頂きます」と。それは、庭を壊し始めてから、こんなにスピードよく順調に石の置き場所が決まり、庭木の植え場所が決まり、瞬く間に整っていくというのは想像できないくらいのスピードで進んでいるので、これは神様の御加護とここに集う信者さん方の、霊格の高さ・・・ちょっと普通の人たちとは違う人たちが集まってくるので、その集まって来る所だけはやはり、柱だけは檜に、自分の気持ちとしてさせて貰いたい、と。いうことで四隅の柱だけは檜にしてくれました。それ程ですね、棟梁も驚かせるほど非常に順調な工事の流れで、「わずか二ヵ月でそんなものが立ち上がる訳がない」という風にみんな考えていたのですけれど、瞬く間にずっと進んで、然もその新しい棟の基礎工事の時に、コンクリートのベタ打ちと、それから基礎の立ち上げのコンクリート貼りも、冬としてはちょっと考えられないような湿気のある日で、しかも気温が下がり過ぎず、日が当たらない日にコンクリート貼りができたので、左官も大工たちも、理想的な天気の日にベタ打ちができるという。冬にこんな日はないという。コンクリートが自然に乾いていくには一番いい気候になったと喜んでくれました。そうしたことひとつひとつ、棟梁は「違いますね!ここは違いますね!」何回も言いながら作業してくれております。

そして、しかも、メシヤ教の改装をする前に、実はお寺を建てている。その大工たち四人で。そのお寺で練習している。その練習してメシヤ教の本部を改装してくれているので、練習済みなのです。分かっていてもやはり個人の家を建てるのと、そういう神社仏閣を建てるのは建て方が違うので、木を繋ぐ時も、木で繋いで、木の釘を打ち込んでいって、木を繋いて行ったりするような、そういうこともお寺で練習しておいて、メシヤ教の本部を建てているので、建てながら、「おい、おい、寺より立派になっているよ」とか、この一番、玄関の処の柱の上に乗せる隅木を反らせますよね。この反り具合が「寺よりこちらの方がいい」と。非常に反り具合がいいので、「良い玄関になりますね!」というようなことを屋根の上でブツブツ言いながら今、屋根張りをしてくれています。

お蔭様で、皆様の誠によってこうして工事が順調に進んでいることを、先ずもって報告をさせて頂いて、そして新しい御神業に向かう姿勢がそういう形となって現われているという事を重ねて報告させて頂いて、いつものように質疑応答に入りたいと思いますのでよろしくお願いしたいと思います。

 

『最上級の詐欺』の片棒を医者の名の下によって担いでいる

楳木代表

それから先月はね、私が御神床工事を抜かりなく進めていく為に、前半の出張をしませんでしたので、濵口さんを中心に皆さん方に月次祭を執り行って頂きまして本当にありがとうございました。それで『文明の創造』を、学べば学ぶほど、やはり60年前に御執筆になられた御論文なので、その頃の人工受精というのをメシヤ様は非常に危惧されていたのですけれど、今ではですね・・・、去年は長野県のあるクリニック(諏訪マタニティークリニック)で去年で57件減胎しています。減胎とは胎児を減らすと書くのですが、遺伝子の異常が原因で起きるダウン症や無脳症の胎児が対象だということです。しかしながら、言わば殺してしまっているわけですね。ですから、医療と称してですね、命を奪っていっているという。これを治療と称しているわけなので、大変な『最上級の詐欺』の片棒を医者の名の下によって担いでいるという事ですね。

それから、中国の方ではゲノム編集というのを始めているという噂はずっと流れて来ておりますけれども、〝そこまでやるかな″っていうことではあったのですけれど、アメリカの方で中国と欧米の医者や学者たちが中心になって会議を開いて、人間のゲノム編集はやらないでおこうと申し合わせのような会議を開いています。そして、声明を発していますけれど、その会議をしているということは、やり始めているということが言えると思います。

ですから、これを神の領域にいよいよ科学が入り始めているので、そこにはやはり宗教界が物申していくということをやっていかないといけないのですけども、信者さんから送られてきた資料の中で、子宮移植というのがアメリカの方で行われて、この理由は、イスラム教徒は代理出産が禁止されているので、イスラム教徒にとっては子宮移植というのが救いだという考え方もあるということで、子宮移植をやっているという報告がありました。宗教自体がですね、開祖が開いた教えを現代にどのように求めていくかということをしっかりやっておかないとおかしな判断をしてしまう、ということの典型であると思ってその記事を読ませて頂きました。

このように、世の中はですね、夜叉龍神はメシヤ様によって解脱しているのですけれど、その配下である者たちがまだしつこく、私のこの指の消毒液のようにしつこくずっとこの世の中に執着をもってはびこっております。それをひとつひとつ同じように改心させていかないといけないので、これからより一層朝夕のお参りは勿論、この月次祭を通して浄めていくという取組みを続けていかないといけないし、そういう浄めるという場がもっともっと拡がっていかないといけないと思わせて頂いております。ひとつよろしくお願いしたいと思います。

 

楳木代表

ご質問なにかございませんか?

 

イエスキリストは万人には浄霊力を授けることはできなかった。

受講者

特選集の中の代表挨拶の中で「イエスキリストは晩餐会に出た弟子に浄霊力を授けた。」というのがありますが、これは何処から出た情報でしょうか?

 

楳木代表

これはメシヤ様の御教えではなくて、キリスト教の言い伝えの中で、その晩餐会に出た人だけは浄霊らしきものをしたという、奇蹟を起こすことができたというのが残っているのですよ。だから恐らくメシヤ様はイエスキリストが浄霊をしたと仰っているので、その浄霊法をその弟子たちには授けたであろうということです。だからメシヤ様の御教えから出したものではありません。

 

受講者

今のお話なんですが、ということはよく奇蹟をイエスが起こしましたよね。その時には手をかざしているというようなことが聖書に書かれているということですか?

 

受講者

聖書には書いてない。でも病を癒したという記述があり、それをメシヤ様は浄霊をしたんだという風に仰っている。ですから、聖書には浄霊をしたとか、手をかざしたということは書かれておりませんが、奇蹟を現した、と。そして、弟子たちの中で最後の晩餐に集った者だけは許されたという事があるので、それを「手をかざした」という事は書かれていませんが、奇蹟を現した以上は、イエスキリストと同じことをやったのだろうという事が推測されるので、そういう記述にしたということです。

 

受講者

御教えではキリスト自身は奇蹟を起こせるけど、メシヤ様みたいに奇蹟を起こせる力を弟子に与えることはできなかったというのがありますが、この最後の晩餐会だけは特別であったということですか?

 

受講者

そうです。ですから、万人には浄霊力を授けることはできなかった。メシヤ様のようには。限られていたということ。

 

磔の十字架を祈らせるという『最上級の詐欺』

受講者

キリストが磔にされたと言われているキリストは、実際はキリスト自身でなくて、キリスト本人は日本に来ていたという説あるのですけど、メシヤ様の御教えの中にそういう御論文はあるのでしょうか?

 

楳木代表

御教えの中にはない。ただ、その磔の十字架を祈らせたというのは後なので、そこから『最上級の詐欺』が行われたという、そのことをメシヤ様は御指摘されているわけです。

 

受講者

キリスト教の皆さんが持っている十字架のイエスのペンダントとか含めてですよね。

 

楳木代表

十字架だけだったら祈る対象としてはいいのですけれど、そこに釘付けにされた人間の非常に悲惨な姿を祈らせるという事は普通だったらおかしいと思うはずなのですが、信じるとおかしいとは思わないということですね。

 

受講者

それと、前々回の『クライスト教と善悪』ですが、昔、前の昼の世界というのは浄霊を誰でも行えていた時代があって、それを一旦全部忘れさせなければならない、いわゆる御経綸もあってということで、それで今回メシヤ様が御降臨になり、浄霊力を復活して下さっているという事だと思うんですけど、実際にこの3000年、3000年前とかという周期で昼夜、昼夜というのがずっと太古から続いてきているのでしょうか?

 

「初めに言葉ありき」

楳木代表

太古と言っても、人間が言葉を有することになった時からです。ですから、言葉を持たないと思考ができないので、思考が出来始めてからという風に考えていった方がいいと思います。それで、メシヤ様が御解説されているのは9000年前。それ以前についてはあまり夜昼転換についてはお話しされてなく、そういう周期があるという御説明だけで、9000年前は国常立尊様を押し込められた、というところから夜の時代になっていると。

 

受講者

「初めに言葉ありき」いうのは言葉がないと思考ができないから初めに言葉があった、と。

 

楳木代表

そうですね。だから、人間の誕生がはじめに言葉あった時で、その前は類人猿とかそういう世界になってくる。

 

受講者

以前のメシヤ講座でてきました、ネアンデルタール人と我々ホモサピエンスとの違いは言語を持っているか持っていないかの違いですか?

 

楳木代表

違いますね。それはいわゆる継承ができなかった。ネアンデルタール人は継承が出来なかった。非常に頭はよかったのですけれど、その技術とかを継承させていくことができなかった。

 

受講者

それは、言葉は持っていたけど、継承が出来なかった、と。記述が出来なかったということですか?ではなく?

 

楳木代表

いや、言葉さえ持っていれば、こうすればいいんだよって教えればいいわけなので、その伝承ができなかったらしい。だから、人を育てるというか、教育が出来なかったということです。本能的なことは自然と備わって、子供を育てるとかいうことも、狩りの技術というのを中々伝承できなかった。

 

受講者

ということは、会話というか、コミュニケーションが苦手な人類だったということですね。

 

メシヤ様をずっと求めて行っていると、全てが明らかになっていく

 

楳木代表

だから、言葉を明確に理解できる発声ができなかったのかもしれない。「おう、おう、おう」とかいう発声の世界でやっていたかもしれない。我々の中では物凄く勘違いさせられていることがある訳で、京都から二人来ているので、百歳で今でもお元気な翻訳家(川崎桃太京都外国語大学名誉教授)がいらっしゃるのですが、現代の時代劇とかの織田信長の実像、“こういう人物だった”という、ドラマを作るときの原型を作った人です。織田信長と豊臣秀吉。それはどうやって作ったかというと、ポルトガルから宣教師が来たでしょ。その宣教師が拝謁して、織田信長はかん高い声で、物凄い・・・、ありとあらゆる質問をその宣教師にして「どうなっているんだ、おぬしの国は?」ということを聞いて関心を深めたというのが、実はポルトガルの王宮図書館にその記録の写本が残っていたそうです。

なんと川崎氏が59歳の時にポルトガルに行って見付けたと。59歳。それを基に、日本の戦国時代の実像を見付けていったそうです。だけど、それを翻訳して日本で出版しようかと考えたけれど、欠落部分が幾つもあったので“これでは書籍としては完成しないな”って思ったけど、あるところは全部翻訳していこうとして、その図書館にこもってやっていた。そしたら、そこの図書館でぼや騒ぎがあって研究室を変えなければならなかったらしい。それで国立中央図書館に移ったら、その欠落部分が全部残っていた。

だから、火事によって、違う図書館に追いやられて行った先で見付けたのだから、“これはお導きでしかない”ということで全巻翻訳できた。それが戦国時代の日本人の一番トップから庶民の生活の到るまで、ドラマを作るときの土台はその翻訳された書籍から構成されて映像作りをしている。それで、40年かけて翻訳したらしいのだけれど・・・。

 

受講者

それはルイス・フロイスのことですか?

 

楳木代表

そうそう。イエズス会宣教師フロイス。本がいっぱい出ているでしょう。そのお蔭で我々は信長像、秀吉像を把握出来るようになった。そして、部下たちは恐れ多くて書けないでしょ?それが見付かったら首をはねられてしまうこともあったわけなので、中々日本人は記録を残せなかったのだけれども、宣教師ルイス・フロイスは記録を本国に送ることで残していたという事です。

そういう学者たちがやってくれたお蔭で、我々が勘違いしていたこととか、思い違いしていた事とかが明らかになっていく。しかも、そこを導いてくれている、火事を起こして、違う図書館に移して、そこで欠落部分を見付けるという事が起きるわけです。それを、今度は、私たちはメシヤ教の中に移して考えていくと、我々もメシヤ様をずっと求めて行っていると、全てが明らかになっていくという事を言いたいためにちょっと例題を出したのですけれど・・・。

だから今三重支部を通して『天国の福音書』続篇を出そうという事で、皆様にご苦労を頂いている、この出版にむけての校正をすることによって、メシヤ様が真に進めたいと考えておられたことが、現実のものになっていく。「その現実のものになることをより充実させるために、我が夫は浄化しているのだ」と(笑)いう風に安子さんには捉えて頂いて、感謝をもって浄霊をお取り次ぎして、お仕えしていくという風に捉えていくとね、この浄化がより一層素晴らしい浄化になっていくのではないかと思います。今だいぶん、先端から綺麗になってくるから、顔は鼻の先端から綺麗になってくるから。

 

浄化を頂いて・・・、『魂を揺り動かす』

楳木代表

12月23日はいろんな所で奇蹟、御守護があったので、良かったな、と。(詳細事例は割愛)だから、御神業を進めさせて頂こうとすると、必ず浄化しないと、浄化を頂かないとそれを受け切れない部分があるので、今回根底から覆るような、『天国の福音書』続篇を次々と作っていこうという事ですから、根底から覆すような魂になっていかないといけない。だから、責任者がそれだけの浄化を頂いて・・・、『魂を揺り動かす』と書いてあるからね。

 

受講者

今までは会社を休まなくても、浄化は終わってましたが・・・。

 

受講者

そうね、もうそのような御神業ではないという事ですね、これからは。

 

受講者

・・・(笑)

 

楳木代表

凄いことで、こうやってね、少人数でワイワイ話しているけど、やっていることは「これから凄いことを進めるのだ」という風に受け止めて頂いて、大いに楽しみながらやっていきたいと思います。

 

受講者

よろしくお願いします。

 

楳木代表

その他、私ばかりが話しているので、他に質問はないですか?

 

阿弥陀様が観音様に変わった

受講者

私事なんですけど、校正の御用を頂いて、私もやり方も何もわからない中、微々たる力で申し訳ないのですが、直ぐに校正してゲラを送らせて頂いたのですけど、三重支部に。そして、送らせて頂いた日の夜にちょっと不思議な夢を見たのですけど、その夢を見た朝、母が仏壇でお参りしていたら、うちは観音様をご奉斎していないのですが、「中央の阿弥陀様が観音様に変わった・・・」ってうちの母親が言い出して。「いやいや、そんなことは起きることはない」・・・。「確かに観音様だ」と・・・。「髪がちりちりではなく、漆黒の直毛になって変わっていたから、阿弥陀様じゃない、観音様だ」と言いまして、私の母親は時々御神前でも大光明の御神体の大の字がよく光ると見たりするんですけど、「お仏壇は初めてだ」と言いまして。その時期が校正を終えて速達便で三重支部に送付した翌日の朝のことなので、何か関係あるのかなって。

 

楳木代表

それは、Sさんに教えるために、お母さんに見えたのです。仏壇とかそういうものが変わったのではなくて、この御用をするという事自体が「阿弥陀様が観音様に変わる」位の、これが根底から変わるということです。メシヤ様が御在世当時、いろんな所に行かれた時に、阿弥陀様が「これからインドに帰りますので・・・」と言って帰られた、という御事蹟があるでしょ?それと全く同じことが我が家で行われたという事。“その御用に携わるということはそういう事なのだ”という風に受け止めて頂きたいと思います。本当におめでとうございます。

 

受講者

それをきっかけに、うちの姉もメシヤ教の御教えをずっと頂いているので、母と私でそのことを話しているときに、今まで否定的であったお位牌のことを前向きに捉え始めて、「お迎えしないといけない」と言い出しております。

 

楳木代表

ああ、そう。

 

受講者

そう言い出してきたので、大きな変化だと思いましたね。

 

ご先祖様も一緒に参拝される。先祖と伴に御神業を進めよう。

楳木代表

まあ、その話とさっき、Mさんが報告してくれたこととリンクしているので、みんなに改めて言ってあげてください。

 

受講者

わかりました。今朝ですね、月次祭、メシヤ講座に参加する前に、いつも自宅で仏壇に一昨年前に父が亡くなっているので、父に「一緒にご参拝しようね」と言って出てくるのを習慣にしていたのですけど、今日はどういうわけか、ご先祖様全員に向かって「一緒に行きましょう!」みたいな感じでお祈りさせて頂いて、出てきたのですが・・・。

それからですね、滅茶苦茶嬉しい気持ち、なんというか、自分自身の感覚というよりか、なんか受けてる、なんかに影響されて感じているような不思議な感覚だったんですけど、なんか一人で笑みがこぼれるというか、変なんですけどね、傍からご覧になったら変な人がいるぞと思われるような状態で、なんか嬉しいんですね。そんな状態で、不思議な感覚だなってずっと思って来たので、メシヤ講座でこの不思議体験をご報告しようと思っていたのですが、本日こちらに寄せて頂いた際にちょっと、「爽やかだ」というか、「なんか違うような感じを受ける」と言って頂いたので、“今日は喜んで沢山のご先祖が付いて来たのだろう”なって。そんな感じを体験させて頂いたんで、ちょっとご報告させて頂きたいなって思っていたのですが、先生の方からお言葉を頂いたので、式典前に先にご報告させて頂いた次第です。

 

楳木代表

やっぱり、霊界というところは、厳しいので、「お父さん一緒に行きましょう」と言ったら、お父さんしか行けない訳なので。参拝者がね、行くところに先祖が付いて行きたいと思うけれども、何も言わなければ、先祖はみんな付いてくるのだけど、お父さんと限定した以上は、他の人はダメなのだ、と、いうことで。それが「皆さん」と言ったら、その瞬間からその先祖の喜びたるや大変なものだと思う。それだけ月次祭の御光というのは月々ずっと高まっている、強くなっているので、先祖は“浴したい”という気持ちがあるけど、「俺たちは誘てくれないからな」って、「ぶう」「ぶう」言っていたと思う(爆笑)。

 

受講者

その辺は反省しました(笑)

 

受講者

だけど、そうやってね、声を一言掛けただけで、それだけ先祖が喜んでくれる。それが自分の中の喜びに映ってくるわけですね。有難いことですね。先祖と伴に御神業をですね、お二人のご報告から改めて、“一層御神業に臨ませて頂きたいな”っという思いを高めて頂ければ大変有難いと思います。そういう思いを持って頂いて本日はこれで終わらせて頂きたいと思います。

 

司会者

これをもちましてメシヤ講座を終わらせて頂きます。ありがとうござしました。

 

一同

ありがとうございました。

 

<来月の御教え>

「『天国の福音書続篇(三)入門と奥座敷』 世界救世(メシヤ)教 教義」

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